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東京高等裁判所 昭和49年(ネ)2544号 判決

控訴人 甲野咲子

被控訴人 東京高等検察庁検事長 布施健

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。控訴人と本籍千葉県○○郡○○町△△××××番地亡乙山太郎との間に親子(父子)関係が存在することを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、適式な呼出を受けながら当審において最初になすべき口頭弁論期日に出頭しないが、陳述したものとみなされた答弁書には、控訴棄却の判決を求める旨の記載がある。

当事者双方の主張および証拠関係は、次のとおり付加するほか、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

控訴人は、次のとおり述べた。

一、親子関係は、戸籍の記載によってのみ確定するものではなく、子の出生によって実体的に確定する。

控訴人の戸籍は、実父たる亡太郎の死後出生した控訴人につき母花子がその出生届出をなし、亡父の認知を欠くいわば不完全な出生届出であるといえる。即ち、亡太郎との間に法律上の親子関係があるに拘らず、その記載を欠くものである。

しかして成人に達した控訴人が近い将来結婚することは必至の事実にして、その際父の知れない――客観的に父は知れても戸籍上父欄の記載を欠く――不都合により不利益を蒙るであろうことは容易に推測でき、このことは非嫡出子に対する差別感情のなお相当強度であること、はたまた違法なる虚偽の出生届が後に子の側においては何らの帰責なく、事実上諒とすべきであるとして、戸籍訂正を許す法制度の存在と対比して考えるとき、さらに控訴人の兄五郎を亡太郎が任意認知している事実と亡太郎が生存しておれば必ず控訴人を認知したであろう意思を推量するに難くないことを考えるとき、控訴人が亡太郎との間に法律上の父子関係の存在確認を求める本訴請求は、まさに確認の利益を具え、適法であると考える。

二、認知の訴えに出訴期間が定められているのは、あまり時期を経過すると、事実関係が不明になって弊害が生ずると考えられるからと説かれる。

しかし控訴人は、関係証拠により亡太郎の子であることが証明でき、本訴提起の動機も、純粋に自身の婚姻障害の除去にあり、決して血縁の父を求めて相続主張などをして、実の父の家の内へ暗い陰を投げかけるものではない。

今日においては、生存する一方において死亡した一方との間の親子関係の存否確認の訴えを提起することができるようになったのであるが、親子関係を認知の要件として考えるとして、出訴期間徒過により排斥されるとすれば、絶対的身分法的な性格をもつ人事訴訟の確認の利益が三年の短い出訴期間によって消滅するということは不適法であるといわざるをえない。

被控訴人の前記陳述したものとみなされた答弁書には、本件訴えは、認知の訴えにほかならず、認知の訴えは、人事訴訟手続法の規定による以外これを許さないものと解すべきところ、本件訴えは、民法第七八七条による訴え提起の期間経過後になされたものであるから、結局不適法というほかはない旨の記載がある。

理由

一、控訴人は、母花子が亡太郎と同棲生活を送り、情交関係を継続し、その結果控訴人を分娩したが、亡太郎は、認知することなく、控訴人の出生前に死亡したので、控訴人と亡太郎との親子(父子)関係存在の確認を求めるものであって、本訴請求は、控訴人と亡太郎との法律上の親子(父子)関係の存在を主張して、その存在確認を求めるものであり、単なる事実上の父子関係存在確認を求めるものと解するのは相当でない。

ところで、親子関係は、父母の両者または子のいずれか一方が死亡した後でも、生存する一方にとって、身分関係の基本となる法律関係であり、それによって生じた法律効果につき現在法律上の紛争が存在し、その解決のために右の法律関係につき確認を求める必要がある場合があることはいうまでもなく、戸籍の記載が真実と異なる場合には戸籍法一一六条により確定判決に基づき右記載を訂正して真実の身分関係を明らかにする利益が認められる(最高裁判所昭和四三年(オ)第一七九号同四五年七月一五日大法廷判決)。

控訴人が亡太郎との親子(父子)関係存在確認を求める利益を有するか否かについて判断する。≪証拠省略≫によれば、控訴人は、母花子の非嫡出子として出生し、控訴人の戸籍にはその旨の記載があることが認められ、父により認知されたものと認めるに足る証拠はない。これによれば、控訴人の戸籍の記載が真実と異なるとはいい難く、従って戸籍の訂正の必要を論ずる余地はないといわざるをえない。そしてその他控訴人の主張およびその提出にかゝる全証拠によるも、控訴人と亡太郎との親子(父子)関係存在を確認すべき利益は認められない。控訴人は、将来の婚姻の障害を除去する必要があると主張するが、これが本件訴えの利益とならないことはいうまでもない。

以上の次第であるから、控訴人と亡太郎との親子(父子)関係存在確認請求は、確認の利益を欠き、却下すべきである(一言付加すれば、非嫡出子は、父に認知されてはじめて父との間に法律上の親子(父子)関係が形成されるのであって、それまでは、単なる事実上の親子(父子)関係にすぎず、法律上の親子(父子)関係は存しないのである。従って認知されない非嫡出子が父子関係存在確認を求めても、その請求が認容されることはありえない。)。

よって右と結論を同じくする原判決は相当であって、本件控訴は、理由がないから、これを棄却することとして、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊水道祐 裁判官 小林定人 野田愛子)

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